上原菓子舗
地元に密着した和洋菓子店
高知県四万十市は応仁の乱を機に京都から下向した一條教房公から始まる土佐一條家が町を形成。この歴史のある町を中心に清流四万十川と共に歩んできた地域で四万十川橋(地元では有名な赤鉄橋)の橋のたもとで永年商いをされている上原菓子舗さんを今回はご紹介いたします。
創業は昭和16年頃までさかのぼります。初代上原利治氏がご夫妻で「干菓子」「餅」「まんじゅう」の製造を始め、自宅店舗にて雑貨と共に売り出したのが最初だと2代目である現社長の上原平氏が話してくださいました。
現社長は昭和47年頃に修行先から地元に帰り、その時から親子2代2世代のご夫婦で協力し合いながら地元の方々に愛される菓子店を目指し、菓子の専門店に店舗を改築。「餅、赤飯、朝生菓子」を中心に朝早くから工場に立ち製造。店舗売りだけでなく、卸売りの方も始めて量販店(スーパー等)に販売を拡充して「昭和50年代から平成にかけて商いは順調に繁盛していった」と昔を振り返りながら語っていただきました。今も「赤飯」や「投げもち」「季節菓子」等の注文製造が多いそうですが、卸売りにも力を入れているため30種類余りの商品を量販店に出荷されているとお聞きしました。社長ご夫妻は大変な努力家でございます。今現在は8年前に3代目となる節也氏が帰ってきており、洋菓子部門にも力を注いでいるとのことです。7年前には再度店舗を改築し、新しい販売形態で和洋菓子を販売。銘菓〝あかてっきょうろーる〟など3代目もどんどん新しい菓子を開発されチャレンジ精神で努力を続け頑張っておられます。
現社長の平氏は組合活動にもご協力を惜しまず永年四万十市の支部長という要職をつとめあげ、本業が忙しい時にも組合の発展にむけお力添えくださり高知の西地区の要として昨年まで頑張っていただきました。組合事務局といたしましても大いに感謝しております。
「私共は地域に根付いた菓子店であるよう心がけ、3代目へとバトンタッチしていきたいと思います。」と語っておられました。上原菓子舗がこれから先も発展し続け、はばたいていくように願っております。
高知県菓子工業組合事務局長・森下広和