つりがね本舗
つりがね饅頭 御坊市

和歌山県紀中―御坊・日高地方で多くの店が作る和菓子に、つりがね饅頭がある。つりがね饅頭はあんこをカステラ生地で包んで、「鐘」の形に焼きあげた菓子で、現在、10軒の和菓子屋が作り、この地方の名物菓子になっている。
2025年に全国的な話題を呼んだ、2人の青年が歌舞伎の女形役者をめざす映画「国宝」、劇中のクライマックスで演じられたのが、2人が大きな鐘に巻きつく「二人道成寺」。奈良時代建立のその道成寺に伝承されてきた「鐘」にまつわる物語に着眼して生まれたのが「つりがね饅頭」である。
その元祖と言われるのが、御坊市の中心街中町商店街にある明治時代創業の100年以上の歴史を刻むつりがね本舗で、2代目福原友治郎さんの時代に「道成寺釣鐘まんぢう」(商標登録)の名で売り出す。昔ながらのたたずまいの店を守る4代目は山田裕子さん(72歳)。大阪の短大を卒業したあと帰郷、結婚した山田さんは平成4年、39歳の時に父親とともに仕事をしていた職人が辞めることになり「このままでは閉店してしまう」と危機感を抱き、和菓子の世界に入った。和歌山県内の和菓子屋で現在女性の主人は山田さん一人だけだ。

饅頭作りは重労働である。饅頭の皮、あんこ炊き。山田さんは日曜日をのぞく毎日、朝7時には作業場に入り、原材料の鶏卵を割り、砂糖、小麦粉を混ぜ生地作りに取り掛かる。これをタテ7センチ、ヨコ5センチの鉄製の鐘型に流し込み、そこに長方形に成形した餡をのせ、上蓋で閉じ回転させながら焼く。1個の重さは60グラムで、餡こは「銅釜で、へっついさんで薪で炊いている」。焼き器は先代からのもの、両方の手で操り焼く、細心の注意を払いつつ一個一個手仕事の作業だ。「上と下の色が同じように焼くのが大事。手作りで、一度火を入れると1時間から2時間は、離れられません」。焼け具合を知るのは経験と勘、釣鐘まんぢうは小豆餡と白餡の2種類。

「一日に売れる分だけ作り、売れ残りを出さない。美味しいときに、出来るだけ早く食べてほしいから」、「旬」への強いこだわりがある。栗茶色に濃い目に焼き上げられた饅頭は、「一に鶏卵」の言葉が語るように内側の黄色い生地が美しく、ふっくらしたなかにも、もっちりした食感がある。少し甘めのあんこは先代の味を引き継ぐ。引菓子全盛の時代の終焉、コロナ禍の時代を経て生産量は減少したが、それでも毎日100個程度を目安に製造販売し、注文に応じてその数は増える。小豆餡と白餡、そして大型の「釣鐘煎餅」もこの店の名物である。女性当主は饅頭を焼き包装を終えると、店頭に立ち、午後6時まで営業する。自ら客と言葉を交わす。山田さんの笑顔とやさしい物言いが加わって、「つりがね饅頭はつりがね本舗」という、市民の根強い信頼を得ている。

ところで、歌舞伎の演目として知られる「道成寺物」の元ネタは、再会の約束を裏切った熊野詣の旅の青年僧安珍を慕う熊野真砂の庄司の娘清が、数十キロに及ぶ道を追いかけ、ついには蛇になり道成寺に逃げ込み釣鐘のなかに隠れた僧を焼き殺す「安珍清姫物語」である。紀州女性の当主は、清姫の恋をどう思っているのだろうか。「蛇になるだけ人を思える一途さ、執念はすごいですね」。紀州女性のひたむきさが作る「道成寺釣鐘まんじゅう」。道成寺に今日、釣鐘はないが、饅頭が釣鐘の物語を伝える。これも、和菓子の力だ。重労働、足腰の衰えと闘いながら、今日も仕事場に座る。「設備が老朽化、動く間は頑張りたい」。
記事投稿:紀州の和菓子と文化を考える会・
代表・鈴木裕範 和歌山大学客員教授
発信人:和歌山県菓子工業組合事務局・高橋義明
全国菓子工業組合連合会