各地の菓子店探訪
愛媛県菓子店の投稿

「和菓子は我が師」の精神で郷土の味を次世代へ

愛媛県新居浜市 「菓舗蛭子堂」

店舗外観

 愛媛県新居浜市。かつて別子銅山で繁栄を極め、今なお「住友の城下町」としての誇りを漂わせるこの街で、昭和六年に産声を上げた「菓舗蛭子堂(以下、エビス堂)」は、間もなく創業百周年を迎えようとしている。初代である祖父、そして伯父から受け継ぎ、現在は三代目店主・高橋英幸さんがその暖簾を毅然と守り続けている。

 同店の顔といえば、創業当時から変わらぬ製法を貫く「瀬戸の源氏巻」である。源義経の屋島の戦いにちなんだこの菓子は、かつて新居浜市内の多くの菓子店で作られていた地元の味だが、時代の変遷とともに一軒、また一軒と姿を消し、今ではエビス堂一軒のみがその伝統を継承する存在となった。この看板菓子への深い愛着から、店主は周囲より「源ちゃん」の愛称で親しまれ、その人柄とともに地域の風景に溶け込んでいる。

お勧め源氏巻

 店主の職人としての歩みは、学びと実践の積み重ねであった。日本菓子専門学校を卒業後、そのまま同校にて二年間助手を務め、教育の現場で基礎を徹底的に固めた。その間も、お盆や年末、節句といった繁忙期には講師の店へ短期で入り、現場の生きた技術を吸収したという。その後、さらなる研鑽を積むべく横浜市保土ヶ谷区の「菓匠 栗山」の門を叩き、一年間にわたる修業を完遂。確かな技術と経験を携えて、故郷である新居浜へと戻ったのである。

 エビス堂の菓子作りを語る上で欠かせないのが、郷土・新居浜への深い情愛だ。特に、新居浜市の離島・大島でしか収穫できない希少な「白いも(サツマイモ)」を用いた取り組みは、地域の食文化を守る活動そのものである。この白いもは、大島の特殊な土壌が生む強い粘りと高い糖度が特徴で、かつては「幻の芋」とも称された素材。店主はその特性を最大限に活かし、郷土の恵みを上質な甘みへと昇華させている。

新居浜にちなんだお菓子

 また、別子銅山の歴史と共に歩んできた街の記憶を菓子に託すことにも余念がない。勇壮な「新居浜太鼓祭り」や、かつての銅山経営を支えた歴史的な地名などを商品名やモチーフに採り入れ、菓子を通じて地域の物語を語り継いでいる。地元の素材を使い、地元の歴史を尊ぶその姿勢からは、地域密着型菓業のあるべき姿が強く伝わってくる。

 その情熱は現在、後進の育成という形で花開いている。愛媛調理製菓専門学校や香川県立観音寺総合高校での講師活動に加え、地域の公民館や新居浜市高齢者創造学園での和菓子教室など、その活動範囲は多岐にわたる。世代を超えて菓子作りの楽しさを伝える背景には、「和菓子は我が師」という店主の確固たる信念がある。菓子作りを通じて自らを高め、常に謙虚に学び続けるその姿勢こそが、エビス堂の味の根幹を支えているのだ。

店内

 昨今の原材料高騰や後継者不在といった厳しい業界情勢の中にあっても、店主の眼差しは常に前を向いている。九十五年の歴史を背負いながら、自らを律し、地域と共に歩む。エビス堂が焼き上げる菓子の一つひとつには、伝統を守る矜持と、未来の作り手への確かなエールが込められている。

 全菓連青年部中四国ブロック長・三宅弘祐