老舗菓子店 「明治屋ゆか里」
下町の歴史とともに歩む

新潟市中央区の下町(しもまち)地区は、信濃川の河口に広がる歴史あるまちです。江戸時代には北前船が行き交う港町として栄え、多くの商人や職人たちが暮らし、新潟の発展を支えてきました。
今でも細い路地や古い町並み、寺社などが残り、歩いているとどこか懐かしい雰囲気を感じられます。観光地としてだけでなく、地域の人々が日常を営む「生きた歴史のまち」として、多くの人に親しまれています。
そんな下町の一角、湊町通にあるのが創業明治33年の老舗菓子店「明治屋ゆか里」です。
店名にもなっている「ゆか里」は、新潟に古くから伝わる伝統菓子。もち米から作られた小さなあられに砂糖蜜を何度も丁寧にかけて仕上げるもので、見た目は金平糖にも似ています。しかし、お客様には「金平糖とは異なり、ゆか里は白湯やお茶に浮かべて、その甘味と香りを楽しむ〝飲む和菓子〟です」と説明しているそうです。

近年では、ソフトクリームのトッピングやカクテルの素材としても活用されるなど、新たな楽しみ方も広がっています。伝統を守りながらも時代に合わせて進化するその姿は、若い世代や県外から訪れる観光客からも注目を集めています。
しかし、「明治屋ゆか里」の歩みは決して順風満帆だったわけではありません。
実はこの「ゆか里」、かつては新潟市内でも複数の店で作られていました。しかし現在、その伝統を受け継いでいるのは「明治屋ゆか里」だけ。100年以上続く製法を守りながら、一粒一粒を丁寧に作り続けています。
時代の流れとともに販売は徐々に低迷し、さらに後継者不足という課題も重なり、一時は廃業も検討していたといいます。
そんな中、転機となったのがOEM商品の製造依頼でした。新たな取引先との縁によって製造量が増え、店は再び活気を取り戻していきます。

ちょうどその頃、同じ新潟市内の老舗味噌メーカーに勤務していた娘婿の川崎明広さんが、勤務先の民事再生法適用を機に退職。家業を手伝うようになりました。
店を支えていく中で、三代目の小林幹生さんから「後を継いでほしい」と声を掛けられた川崎さん。長年受け継がれてきた伝統の味を未来へつなぐため、その思いを受け止め、後継者となることを決意しました。
四代目として歩み始めた川崎さんでしたが、その後、新たな試練が訪れます。
新型コロナウイルスの感染拡大により、主力の一つとなっていたOEM商品の受注が大きく減少。長年にわたり〝黒子役〟として支えてきた製造事業は、大きな転換点を迎えることになりました。
一方で、お客様からは「ゆか里はどうやって作られているのですか」「製造しているところを見てみたい」といった声が寄せられることも増えていました。長年受け継がれてきた伝統の技や職人の手仕事そのものに、多くの人が関心を寄せていることに川崎さんは気づかされたといいます。

そこで川崎さんが考えたのは、「もっと自分たちのことを知ってもらうこと」でした。これまでのように製造の裏方に徹するだけでなく、明治屋ゆか里の歴史や商品の魅力、そして職人たちが受け継いできたものづくりの現場を直接発信していく必要があると感じたのです。
その思いを形にしたのが、今年3月にオープンした新店舗です。新店舗は商品を販売するだけでなく、伝統菓子「ゆか里」の魅力、そして下町に息づく文化や歴史を伝える情報発信の拠点としての役割も担っています。
創業から120年以上。時代の変化に合わせて姿を変えながらも、「ゆか里」の味と技術を守り続ける明治屋ゆか里。新店舗には、伝統を未来へつなぎたいという四代目・川崎さんの強い思いが込められています。
下町を散策していると、歴史ある建物や昔ながらのお店との出会いがあります。その中でも明治屋ゆか里は、下町の歴史や文化を今に伝える大切な存在といえるでしょう。
古き良き新潟の面影が残る下町を歩いた際には、ぜひ立ち寄ってみてください。ゆか里の優しい甘さとともに、港町・新潟が歩んできた長い歴史に思いを馳せるひとときを楽しめるはずです。
全菓連青年部関東・甲信越ブロック長・濱島克己
全国菓子工業組合連合会