古い木型のぬくもり
数百丁それぞれに物語あり
江戸時代末の嘉永年間。伊勢国と近江国を結ぶ八風街道という古街道沿いに当店は創業をいたしました。
以来170余年、この地で商売を続け、私で六代目になります。
当店には、私も含め私の先祖である歴代の店主が使った明治、大正、昭和、平成に渡る数百丁の木型があります。
木型の意匠も時代とともに変遷し、また、菓子として需要のなくなったものもありますので、大半の木型が倉庫の中で静かに眠ったままとなっています。
もちろん、地元のお寺や神社の行事などに、現在も使い続けている木型もあります。
父が、祖父が、曽祖父が使い続けた落雁の木型。角の直線は丸みを帯び、握り手の部分も細くなっています。
父たちが、この木型でどれだけたくさんの落雁を打ち続けたことか。仕事をしながら、我が家の繋がりを感じます。そして、この菓子を注文して下さるお客さん、召し上がっていただく方々も三代、四代と続いている。古い木型で落雁を打つ作業はその有り難さを実感する時間でもあります。
一つの古い木型が様々な事を語ってくれるのです。
今年は私の住む三重県で全菓博「お伊勢さん菓子博2017」が開催されました。
菓子博の始まる半年ほど前から、私の店でも、ミニ菓子博と自称し、古い木型を季節や用途ごとに入れ替えながら展示しました。
婚礼のもの、法事のもの、或いは昔の祭礼に使ったものなど、全国的に使われたものもあれば、この地方にしかない独特の木型もあります。中には、戦前に使われた「紀元節」や「天長節」のもの、出征兵士の壮行や凱旋に使われたものも。
木型にはそれぞれ、それを菓子として使った時の物語とその歴史があります。来店されて、その木型に興味を持たれたお客様に、父から聞き伝えられた物語をお話する機会も展示を通じて多くなりました。
そして、「この木型で作った菓子を食べてみたい」とおっしゃるお客様もおみえになり、「復刻版」を作ってみたこともありました。そのことは木型を道具として使うことによって昔からの菓子職人のセンスや技術を想像する機会にもなりました。
菓子の意匠は時代とともに移り変わります。でも、「新商品のヒントは倉庫の中に眠っている」という言葉もあるように、古い木型が新しい商品のヒントになることもあるのですね。
まさに温故知新。先祖が残してくれた木型はミニ博物館の展示物ではなく、現役の道具として蘇ったのです。
三重県菓子工業組合朝明支部・丸井屋老舗・加藤陽太郎