細川製菓舗
一つの時代を流れるままに
大分市の繁華街から北へ数分歩いた住吉町の外れにある細川製菓舗は細川裕一氏が営む和・洋菓子を製造販売する小売店。戦前に初代細川栄市氏が現在の場所で開業し、当初は飴玉や煎餅等を販売していたが、二代目後継者の裕一氏が地元の名店で5年間修業した後、店を任されるようになると積極的に洋菓子の品揃えを増やし、時代の流れに乗って繁盛させた。
その頃は市街地の急激な発展に伴い周辺は人口が増加し子供たちが溢れ、特に洋菓子がよく売れていたので、当時人気のあったマドレーヌやレモンケーキを求めて、現在も来店する古くからの常連さんも少なくはなく、そのためにいくつかの定番商品はそのまま残し昔ながらの懐かしい菓子として、新旧ファンの心を掴んでいる。
もちろん時間を作っては商品の開発にも取り組んでおり、人気のブルーベリーケーキは独自の発想で完成させ、早くから脱酸素剤で日持ちさせたことで進物用に使われるようになり、後に看板商品になったとのこと。
そんな菓子作りが大好きな裕一氏も店に入り約50年が経ち、これまで家族と共に頑張り地域に根付いた細川製菓舗の主人として、岐路に立っていると言う。
現在77歳の裕一氏は後継者がいないこともあり8年前に妻の孝子さんに先立たれてからは、製造から販売まで全てを一人で行うようになり、人手不足で自分が納得するだけの商品数を店頭に並べられない日もあったとのこと。この頃には郊外の発展もあって近辺の人口減少並びに少子化の波もおしよせ、近所の小・中学校が統合され遠くに離れるなど地域密着店として売上を伸ばすことはなかなか困難で従業員を雇うには、微妙な状況になっていた。
それに加え建物・設備の老朽化も進んでいたり、また近年の様々な制度等の義務化への対応も立て続けであったり、このまま商売を続けるためには新たな投資を余儀なくされていた。
そんな時に大雨が一日中続き、想定外の浸水で漏電の上故障した冷凍庫の修理に時間がかかり、受けていた注文商品の対応に右往左往したそうで、店舗継続への心配が少し大きくなったとのこと。
最後に、一向に終わりの見えない新型コロナウィルス感染症の影響もありタイミング的に引き際も考えていると言う裕一氏の笑顔から、お客さんや仕事に対する想い入れがまだしっかり残っているよう感じた。
大分県菓子工業組合事務局長・早瀬大雄