西川屋老舗
脱・入りづらいお店
「もっと入りづらいお店だと思っていました」
和菓子の専門店は、茶道の心得があるような、オシャレな趣味がある人達の行くもので、高級そうで、入るのに勇気が要る…。
菓子屋である私達からすれば、「そんなことないですよ」と思わず笑いが漏れることかもしれません。しかし、和菓子に触れる機会は減り、甘味を含めたお買い物が量販店で済む現代、和菓子専門店の暖簾をくぐったことがない人は、珍しくないのではないでしょうか。実際、弊社の売上の大部分は、代々受け継ぐ焼菓子『元祖ケンピ』と餅菓子『梅不し』が占め、どちらかと言えばややご年配の方を中心に、手土産向けの消費に支えられてきました。和菓子専門店の暖簾は、若い方々の前には、庇の陰に重く佇んでいるように見えるのでしょう。
和菓子専門店が、いかに現代人の暮らしの中に存在し続けられるのか。この問題にまつわる転機が、昨年に訪れました。
お菓子を食べて無病息災を祈る、6月16日の和菓子の日。それに合わせて、アマビエの焼印入りどら焼を発売しました。「疫病が流行ったら、沢山の人に私の絵を見せなさい」とアマビエが告げたという物語に従い、沢山の人に届くように、通常のどら焼よりも価格を下げ、地元スーパーへ卸展開も行いました。結果的には、地元新聞社・テレビ局にも取り上げていただき、1か月で3万個以上を売り上げました。コロナ禍で手土産需要が沈黙する中、これは大きな成果です。
ただ、大量生産設備を持たないどら焼を、しかも値下げして売っていますから、いくら弱っているとはいえ、収益的には高く評価しづらいものがあります。表面的にはうまくいっていますが、成功と言って良いものか。その葛藤の中、もう一つの成果が表れました。
目に見えて客層が広がったのです。年齢層が若返り、10代~20代と見受けられる方々が来店されるようになりました。
「ひとつずつ買ってもいいんですか!?」
「お好みでの詰合せなんて作ってもらえるんですか!?」
菓子屋である私達からすれば当たり前のことに、新鮮に驚かれる方々。これはつまり、今まで和菓子専門店に入ったことがなかった方々が、ご来店くださったということです。そして、当初は『アマビエどら焼』をお求めにいらした方々が、次第に『元祖ケンピ』『梅不し』をお使いくださるようにもなりつつあります。
銅板や焼きゴテと向かい続けた製造部門と、配送に駆け回った流通部門の奮闘があり、和菓子専門店にいらしたことのない方にも親しみやすい商材を供給し続けることができました。販売部門は、お客様にどら焼以外の商品やお菓子の選び方もご説明し、お客様に和菓子の楽しみを伝え続けました。
「もっと入りづらいお店だと思っていました」
あのお客様のお言葉に、私達は少しでも答えを出すことができているでしょうか。店先の暖簾は、南国の日差しの下、そよ風に揺れています。
高知県菓子工業組合・有限会社西川屋老舗・経営企画部長・十三代目・池田真浩