熊野発、シオゴリまんじゅう
田辺市菓匠二宮

熊野詣での歴史を伝える新しい和菓子が、田辺市下屋敷町の菓匠二宮に登場した。菓子銘はシオゴリまんじゅう。二宮は世界遺産の闘鶏神社参道入り口に建つ、昭和8(1933)年創業の和菓子屋。
新しい和菓子は、丸い形が美しい白い薯蕷饅頭。この饅頭への思いについて、主人の二宮茂樹さんは、「熊野は蘇りの地といわれ、古い時代の熊野参詣では、田辺の浜で海水で身を浄める潮垢離という厳格な儀式を行い、三山をめざしました。その古事に思いを馳せ、熊野の歴史を知ってほしいという願いをこめました、食べる潮垢離です」。
熊野参詣道は、京都を出発し大阪、和歌山を経て熊野三山(本宮、速玉、那智各大社)をめざす信仰の道で、平安時代の延喜7(907)年、宇多法皇の熊野御幸に始まり、熊野信仰は男女、階層を問わずすべての人を受け入れてきた。その隆盛ぶりは「蟻の熊野詣」という言葉を生む。田辺は熊野参詣道の分岐点で、山岳部の中辺路を通り熊野三山に向かう白装束の旅人は田辺の出立ちの浜で潮垢離をするのが決まりだった。

それを和菓子でどう表現するか。「饅頭は、山芋を擂って砂糖を加えて米粉を少しずつ混ぜた薯蕷饅頭にし、餡は皮むき小豆の釜炊き餡で薄墨色の上品な仕上がりを構想しました。塩は赤穂の塩です。何%ぐらいの量ならば、一定のアクセントがあり微妙な塩味を味わえる饅頭になるのか。そこが、工夫のしどころというか、作っていて楽しいところでした」と二宮さん。
味は、奥さんの純子さんとパッケージをデザインした竹林陽子さん、スタッフに試食してもらい、決めたという。
キャラクターは「六根さん」、六根とは目、鼻、耳、口、身、意(こころ)の6つの感覚器官を言い、山入りの時には「六根清浄(ろっこんしょうじょう)」を唱えた。パッケージは青い海をイメージした水色に。こうして、小豆餡の甘さのなかにもほんのりした塩味と香りがあるやさしい饅頭が誕生した。

熊野古道が、紀伊山地の霊場と参詣道として2004年7月にユネスコの世界遺産に登録されて20周年、世界遺産登録を機に熊野に再びスポットライトが当たり、古道歩きの人が増えた。外国人の姿も目立つ。以前はなかった風景である。人口減少、過疎高齢化が進む熊野地域だが、「この土地がもつ歴史と文化を大勢の人にもっと知ってもらえたら。熊野は日本のふるさと、そして蘇りの地です」と二宮さんは強調する。
田辺は、まさに「空青し海青し山青し」、沖合を黒潮が流れる温暖な土地である。しかも古くからの歴史がある。二宮さんのふるさと田辺自慢は尽きない。「僕が好きなのは、やはり扇ヶ浜かな」、その田辺で菓子作りをする喜びをかみしめる。「お客さんが美味しいと言ってくれる笑顔が一番」。

出立ちの浜は失われたが、白砂青松の扇ヶ浜に2025年春、世界遺産20周年を記念した潮垢離場が整備された。行政、観光協会そして和菓子屋がスクラムで世界遺産熊野をアップデートする。
記事投稿:紀州の和菓子と文化を考える会代表・鈴木裕範和歌山大学客員教授
発信人:和歌山県菓子工業組合事務局長・高橋義明
全国菓子工業組合連合会