地産やフェアトレード素材を使用したオンリーワンのお菓子作り

創業明治22年、5代目を継いだ私は元々歯科技工士をしていました。子供の頃から菓子職人になりたかったので、自分で貯金をして父親の反対を押し切り、28歳で京都の製菓学校へ入りました。父親も諦めて、叔父の店へ入るように話を進めると、叔父は高齢のため、卒業したらすぐ店に入ってほしいということになりました。そこで、学生の1年間でできるだけ多くの事を学ぼうと、華道、茶道、おまけに趣味の雅楽まで習いました。
入社3年後、全ての仕事を覚えた頃に叔父が倒れ、これを転機に自己カラーを出そうと、学生の頃に習った「地産地消」に取り組み始めました。幸いにも地元には全国に通用する素材がいくつもあることがわかり、これをお菓子として世に出して、地元の宣伝になればと思いました。しかしながら、20年程前は米粉や餅粉等も製造されておらず、特別に作ってもらったりして、一つひとつ原材料を集めていき、今では自社製品の8割程に何かしら地元産を取り入れています。その中でも今注目いただいているものは、伊吹山の薬草を使った様々なお菓子です。特に「HERB COOKIE」はお問い合わせの多い商品です。増産もしたいところですが、何分にも目の届く範囲でしか仕事ができない性分ですので、お客様にお待ちいただくこともしばしばです。
また昨今は、フェアトレード素材も積極的に取り入れていますが、これは妻がネパールに住んでいたことがあり、ネパールの永続的な支援をしようと、寄付金付き商品「ほうじチャイまんじゅう」を発売したことが始まりで、その後カンボジアのクラタペッパー使用の「こめどら黒胡椒バター」等を発売し、10種類程のフェアトレードお菓子があります。

入社当時から比べると私の町は人口が4割減で、買い物の中心地も隣町に移り、慶弔菓子はコロナ禍もあって8割減となりました。それでも売上が2・5倍となり、なんとか暮らせるようになったのは、絶対に投げ出せないという父親への意地、究極の心配症と転職組の自信の無さからくる探究心、また中学・高校と美術部で培ったオンリーワンへのこだわり等ではないかと自己分析しています。
弊社は濃尾平野の一番奥にあり、都市部からは30分から1時間程かかります。遠くからお越しいただくには、ご近所のお菓子屋さんに売ってないものを作らなければならないという思いで、必死に励んできました。結果的に、お客様にも認めていただけたのかなと、有り難く思っています。これから先も厳しい環境が続きますが、自分で選んだ道ですので、生涯現役で楽しんでいきたいと思います。
㈱揖斐菓匠庵みわ屋代表取締役社長・牧村昌幸
全国菓子工業組合連合会