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復興に大きな光

沿岸被災地の菓子店再開へ

 有史上最大ともいわれる自然災害となった東日本大震災。風光明媚なリアス式海岸が連なる岩手県の沿岸地域を津波が襲い一瞬のうちにして町が無くなった。岩手県では各地の約30組合員が被害を受け大きな損害が発生した。瓦礫の撤去や菓子パン製造機械の修繕などに追われる毎日であるが、今回は、沿岸被災地の菓子店が復興に向け努力する姿を追ってみたい。

津波で被害を受けたすがたせんべい工場【宮古支部】
 陸中海岸国立公園を代表する銘菓「元祖いかせんべい」を製造する宮古市の㈲すがた菅田正義社長は創業130年余の老舗せんべい店である。今回の大震災による津波により、10年ほど前に建設した新工場は津波で浸水し、大きい損害を被った。家族や従業員とともに着の身着のままで避難し、工場を再訪したのは震災から10日後であった。1・8メートルの高さまで浸水し機械類も全く動かない。「あーもうダメだな、困ったな」とぼう然と立ちすくした菅田さんは、半ば生産再開をあきらめていたところ、2人の息子たちから「父ちゃん。またやるべ」と励まされ、早速、従業員を集め「みなさんの力を結集し、より一層、おいしいいかせんべいを作りましょう」と力強く呼びかけた。従業員たちはすぐに工場内の掃除や、せんべいを焼く機械の可動部分に油をさすなどの手入れを行った。しかし、問題は工場建設時のローンの残債4000万円。頭を悩ませ金融機関に相談し、再建のために3000万円の新規の追加融資を受けた。あわせて7000万円。再建のために「二重ローン」を抱えての厳しい再出発になる。決して楽な商売ではないがお得意さんの励ましの言葉と後継者である息子たちの奮闘を糧として、宮古の老舗の味の復活を目指す。

廃業した菓子店から提供されたミキサーを磨きペンキを塗りました。大浦氏。【気仙支部】
 大船渡市の大浦広さんは、震災当日工場で仕込み作業を行っていた。グラッグラッと大きい揺れがあり「津波」が頭をよぎった。消防団の水門当番をしていることから、法被を片手に出かけた。「子供の頃から何度も経験した揺れとは違う!」仲間とともに次々と防潮堤の水門を閉め住民を避難させた。さぁ逃げろ!津波が来るぞ!自分たちも避難し高台から様子を見守った。大きな津波が押し寄せ安全と言われていた場所の真下まで海水が上がって来た。「危ない」さらに高台に上った。「あー店が流される」。一瞬のうちに店と工場が流され、残ったのは、着ている白衣のみ。ぼう然と立ち尽くした。もうダメだ。商売はできない。震災後1ヶ月。連日、地元消防団の作業に没頭した。しかし菓子のことが頭から離れない。創業60年の「おおうら屋」を再興させたい。この思いでいっぱいだった。しかしお金もかかるので、そう簡単にできるものではないとあきらめていたところ、同級生から「うちの近くの廃業菓子店を利用して菓子を製造してみないか」と電話があり、工場をのぞいてみることにした。意外と設備はしっかりしていた。今までよりは規模は縮小されるが、家族でこぢんまりと始めてみようと決意し、準備をはじめた。ミキサーは内陸部の廃業菓子店から好意で譲ってもらい再開のめどが立った。「一時は、出稼ぎも考えたが地元大船渡で菓子を作りたい」大浦さんの菓子づくりにかける思いは熱い。

 岩手県菓子工業組合青年連合会会長・小沢仁

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