加賀百万石のスピリットを継承する和菓子店
「白千鳥 神保」

~ 能登大納言の『どら焼き』に込められた思い ~
石川県かほく市に店を構える「白千鳥 神保」は、能登大納言を使った「どら焼き」が評判の老舗。加賀百万石の歴史と精神が受け継がれた地域性と、店主のこだわりをうかがった。
金沢市から北に約20㎞。日本海に面したかほく市は、能登半島の最南部に位置する。「のと里山街道」の海岸線からほど近い、桜並木の街道沿いに店舗はある。屋号にもある「白千鳥」は、50年の歴史を持つ焼き菓子の菓銘で、店主の神保(じんぼ)賢史(さとし)さんは3代目にあたり、石川県菓子工業組合青年部の部長を務めている。創業は昭和12年で、祖父の幸一さんが餅屋から始め、店舗数を増やした時期もあったそうだが、現在は1店舗経営。商品は、東京八重洲にある石川県のアンテナショップや、都心の百貨店でも購入することができる。

賢史さんは大学を卒業してから金沢市の「石川屋本舗」に修行に行き、その後家業に就いた。まず、ご自身で開発したのが『あやめもち』だ。石川県産の五郎島金時と呼ばれるさつま芋のあんを、紫芋の色素でうっすらと染めたコシヒカリの団子生地で包む。オブラートのパウダーで品良くお化粧をした生菓子は、米粉の香りとさつま芋の存在感がバランス良く口に広がる。『あやめもち』は「石川県物産協会会長賞」を受賞し、賢史さんの今後への自信につながったと言う。

現在、看板商品になっている能登大納言の粒あんがたっぷり入った『どら焼き』は、2015年の北陸新幹線の開通をきっかけに生まれた。増加する観光客にも分かりやすい商品で、石川県の特産物を活かした商品開発の末に誕生したのが、こだわりが詰まった『どら焼き』である。能登大納言は、もともとは丹波種を能登で栽培したことが始まりで、粒が大きく風味が強い高級素材である。この豆を早朝から長時間しっかり煮て、氷砂糖を使って粒あんを炊き上げる。小豆の風味と甘味がありつつ、後味がすっきりしているのが特長だ。生地は、多めの卵と国産の小麦粉を使い、手焼きでふんわりと焼き上げる。130gを超える神保の『どら焼き』はボリューム満点だが、ペロリと食べられてしまうところに力強さと繊細さを感じる。
『能登昇龍』という雪餅生地で酒粕を加えたこしあんを包んだ商品も、2016年に「農菓プロジェクトin東京」で総合1位を獲得している。能登半島の地形が龍の頭に似ていることから名づけられた生菓子は、ふんわり練り上げた餅生地と独特の香りを持つあんの相性が抜群。

このように地元の食材を使い、地域性を和菓子で表現してきた賢史さんのバックグラウンドが気になってくる。金沢市内の進学校から、関西学院大学商学部に進む。甲子園球場のイベントスタッフのアルバイトが、良い経験になったそうだ。当時は、和菓子屋を継ぐ気はなく、一般企業への就職活動をしていたというが、親戚のすすめなどもあり、家業を継ぐ道を選ぶ。取材していて感じるのが、第一印象とは違って、真面目で勉強熱心な秀才タイプ(笑)。講習会などで知った情報を試しながら、地域の食材とマッチングさせて商品化につなげている。SNSなどインターネットを使った情報発信や、広告宣伝は積極的にはしていないが、店舗だけでなく県外や都心部でどれだけ販売できるかが、お菓子の実力を計るバロメーターにもなると賢史さんは語る。
最後に、今までで一番影響を受けた人は誰かと尋ねると、「おじいちゃん」だと言う。祖父の幸一さんを見ていて、「まめに勉強を続けて、それを継続すること」が大事であると感じていたそうだ。賢史さんは、「まちは寂しくなってきているが、まだまだ心は錦!」と加賀百万石のスピリットを教えてくれた。次期、中部ブロック長を安心してお任せできると感じた、石川県への旅であった。
全菓連青年部中部ブロック長・古田敦資
全国菓子工業組合連合会